今回の撮影(2011年6月7日~9日)では、今後の撮影計画を立てる為に、岩手県久慈市から陸前高田。
さらに、福島県の広野町からいわき市まで駆け足で回ってきました。
宮城県は含まれていないのですが、津波被害の大きい場所の北端から南端を巡った事になります。
この距離を巡って気がついたのは、瓦礫撤去のスピードの差。
特に宮古市は迅速に片付けが進んでいます。
震災直後から、各所でガソリンスタンドの復旧作業は進められていました。
初期の頃はドラム缶にて。
この店舗では、地下の貯蔵タンクから通常道通りの給油が可能でした。
※本来の事務所はガラスが入っていない。
ガソリンスタンドなどを含む商業施設の復旧には電力の回復が必須。
大通りは早い段階から復旧。
この時点では、細かい通りも復旧に入っている事が確認出来ました。
最初の撮影(震災から3週間)でも感じましたが、宮古市は震災に対する心構えとして「津波は必ず来る」という想定でされているように感じました。
この写真の左手前の大きな建物跡は、市立田老保育所。
津波は、この場所から200m程度の内陸部まで入っています。
川の左岸と右岸では景色は全く異なります。
保育所が位置する左岸は、引き波で瓦礫が海に戻されています。
営業を再開したガソリンスタンドも、画像の右奥に確認出来ます。